日本霊長類学会

福島県へ「放射線被ばくが野生動物に与える影響調査についての要望書」を提出しました


日本霊長類学会では、福島のニホンザルの被ばくに関する長期モニタリングについて2017年7月に学会声明を発表しました。この内容をもとに、日本哺乳類学会、日本放射線影響学会、日本野生動物医学会、「野生生物と社会」学会と合同で、福島県への要望書を提出しました。


2018年11月7日

福島県知事
内堀雅雄 殿

日本放射線影響学会 理事長 島田義也
日本哺乳類学会 理事長 遠藤秀紀
日本野生動物医学会 会長 坪田敏男
日本霊長類学会 会長 中道正之
「野生生物と社会」学会 会長 梶光一

放射線被ばくが野生動物に与える影響調査についての要望書


 1万5千人を超す人々の生命を奪った東日本大震災から、7年が経過しました。福島第一原子力発電所の被災により、周辺地域に放射性物質が拡散し、多くの住民の方々が、住み慣れたふるさとを離れることを余儀なくされました。この未曾有の大災害で亡くなられた方々のご冥福をお祈りし、ご遺族に対し哀悼の意を捧げるとともに、被災地の復興に向けてたゆまぬ努力を続けられているすべての方々に、心から敬意を表します。

 福島第一原子力発電所の事故は、人々の暮らしだけでなく、そこにすむ野生動物にも大きな影響を与えました。それまで人々が日々の生活を営んできた住宅街や田園地帯で、突如人間活動が停止し、イノシシ、ニホンザル、ハクビシン、アライグマなどの中・大型哺乳類が進出するようになりました。これらの野生動物の中には、いまだに放射線量が高く、住民の帰還が困難とされている地域に住んでいる群れや個体もいます。

 わたしたちは、福島第一原子力発電所事故被災地に住む、中・大型哺乳類を対象とした研究は、以下の3つの観点から重要であると考えます。
 第一に、彼らは広い行動圏を必要とし、葉、果実、樹皮、昆虫等の無脊椎動物、キノコなど、森林内の非常に多様な資源を食物として利用します。したがって、彼らを対象とした研究は、放射性物質の拡散が、森林生態系全体にどのように影響したのかを、総合的に理解する上で、欠かすことができません。
 第二に、彼らはヒトと同じ哺乳綱に属し、なかでもニホンザルは、ヒトと同じ霊長目に属し、とくに近縁です。彼らは20年を越えて生き、事故被災地に住む野生動物としてはもっとも長寿で、数十年規模での人体への放射線被ばくの影響を知るモデルとして重要な生物です。過去に起こった海外での原子力発電所事故では、周辺にヒト以外の野生霊長類は生息していませんでした。世界的に見ても、ニホンザルへの影響を解明することの重要性は、極めて大きいといえます。
 第三に、野生動物の研究は、被災された住民の方々の生活再建の観点からも重要です。彼らは、住民が避難した地域に侵入して定着し、住民の帰還の妨げとなっています。被災地において野生動物と人間の生活空間を分離し、人々の生活を取り戻すには、彼らの生態を理解することが不可欠であると考えます。

 貴職におかれましては、環境創造センターの設立等を通じて、被災地での野生動物に関する貴重な資料を蓄積されています。このことを、わたしたちは高く評価します。とくに、イノシシ・ツキノワグマ・ニホンジカ等の野生鳥獣の放射線モニタリング調査は、食肉の安全評価として必要なだけでなく、野生動物への放射線被ばくの影響を評価する上で、たいへん重要な基礎資料です。また、避難指示区域等で実施されている、営農再開に向けた野生動物の調査は、住民の生活の再建を進めるための基礎資料であることに加え、放射線被ばくした動物の生態を知る上でも、大きな価値を持っています。先に述べました被災地での中・大型哺乳類研究の重要性に鑑みれば、これらの事業の継続と、研究資料の一層の活用が必要です。また、放射線被ばくの影響を知るモデル生物としてとくに重要なニホンザルを、モニタリング対象に加える必要があります。

 わたしたちの学会は、東日本大震災発生後から現在に至るまで、この問題について、さまざまな取り組みを行ってきました。各学会に所属する研究者は、被災地の野生動物の生態、生理、行動などの生物学的研究、人間と野生動物の関係、放射線被ばくが生物に与える影響などについて、多角的に研究を行ってきました。また、平成24年5月に日本野生動物医学会、日本哺乳類学会、野生生物保護学会(現・「野生生物と社会」学会)、日本霊長類学会が合同で開催した公開シンポジウム「どうなる野生動物!東日本大震災の影響を考える」をはじめとして、それぞれの学会で開催される年次大会等の中で、何度も集会を開催し、この問題について、議論を行ってきました。本年度から文部科学省の共同利用・共同研究拠点として認定された、福島大学環境放射能研究所、筑波大学アイソトープ環境動態研究センター、弘前大学被ばく医療総合研究所、日本原子力研究開発機構福島環境安全センター、国立環境研究所福島支部、量子科学技術研究開発機構放射線医学総合研究所福島支援本部、の計6研究施設による、放射能環境動態・影響評価ネットワーク共同研究拠点についても、文部科学省へ認定の要望書を提出するなどして、連携しています。また、被災地での調査・保全活動に対する研究に対して、資金援助を行った学会もあります。

 わたしたちは、今般の福島第一原子力発電所の事故による放射線被ばくが、野生動物に与える影響を解明することは、国際社会、および次世代の人類のために、現代の日本人に課された使命であると考えます。その実現のため、わたしたちは、今後も被災地での調査研究活動を継続し、相互に啓発しながら社会に問題の重要性を訴え続けていく決意を表明するとともに、貴職に対し、以下のことを要望します。

要望

1. 現在イノシシ・ツキノワグマ等を対象として実施されている「野生鳥獣の放射線モニタリング調査」を今後も継続するとともに、ニホンザルを調査対象に加えること。

2. 営農再開のために実施されている野生動物の調査を継続するとともに、放射線被ばくを受けた動物の生態解明の観点からも調査を進めること。

3. 得られた調査結果の一次資料を公開し、ひろくさまざまな目的での利用を促進すること。同様の調査を行っている県内の市町村にも、公開を促すこと。


実際に提出された要望書はこちら
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